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東京高等裁判所 昭和42年(行ス)12号 決定

抗告人(被申立人) 東京入国管理事務所主任審査官

訴訟代理人 藤堂裕 外四名

相手方(申立人) 朴時文 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

そこで抗告理由を検討すると、

(一)  本件記録によれば、相手方らに対する本件退去強制令書には送還先として「朝鮮」と記載されていることが、双方の主張から明らかであるところ、朝鮮の現状が南朝鮮(韓国)と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)とに分かれている以上、右「朝鮮」の記載が、抗告人主張のように韓国と特定した意味をもつと直ちに解しがたいものがあるから、昭和四二年一一月一五日相手方らに送還先を具体的に韓国と告知された事実を一がいに法的に無意味なものと断ずることはできない。したがつて抗告人主張のように、本件本案訴訟の出訴期間の起算日は退去強制令書発布を相手方らが知つた日であると解すべきことが明白であるとはいえず、前記一一月一五日と解する余地はある。この点は本案訴訟において如何なる処分の取消を求めるか、またその主張の如何により、種々問題はあり得るし、本件記録によるかぎり現段階ではこの点必ずしも明瞭でないが、なお本案において究明されるべきものであり、今、直ちに本案訴訟が出訴期間を徒過した不適法なものとは断定できない。

(二)  相手方らが本案訴訟において主張する不服の根本は送還先を韓国とされたことにあることは、本件記録によりうかがうことができるところ、出入国管理令第五三条第一項による相手方らの第一次の送還先が韓国であるとしても(この点においても相手方らの国籍につき南北朝鮮の関係から問題があり得る。)、同条第二項により韓国に送還することができないときは本人の送還先選択権が認められており、相手方らが同項に該当するかどうかについては、相手方らの本案における主張事実からみて、明らかに否定的に解すべきものとは思われず、本案における主張、立証にまつべきものと考える。したがつて本案が理由がないとみえる場合にあたらない。

以上のとおり抗告人の主張は理由がなく、ほかに原決定取消の事由は見出し得ないから、本件抗告を棄却すべきものとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 近藤完爾 田嶋重徳 小堀勇)

抗告の趣旨

原決定は、これを取り消す。

相手方の本件各処分の執行停止の申立ては、いずれもこれを却下する。

申立費用は、第一、二審とも相手方らの負担とする。

理由

一、原決定が相手方らの本件執行停止申立てを本案について理由がないとみえる場合に当らないとした理由の第一点の趣旨は、相手方らに対する各退去強制令書に送還先が「朝鮮」と記載されているところから、右退去強制処分の段階においては相手方らの送還先は特定されていず、昭和四二年一一月一五日相手方らが韓国へ送還される旨告げられた時に右行政処分が補充されたものとして、同日から出訴期間を起算すべきものと解する余地がないわけではない、というのである。しかし、本件各処分の出訴期間の起算点につき原決定のごとき疑問をもつことは、全く理由のないところである。

(一) 相手方らに対する各退去強制令書に送還先が「朝鮮」と記載されているのは、本件処分に際しての審理の過程において、相手方らがその国籍を「朝鮮」と述べたことによるものである。もとより、右のように自己の国籍を「朝鮮」と陳述する場合には、自己が朝鮮人民民主主義共和国の国籍を有するために意識的に主張する場合もあるが、他方韓国籍でありながら、わが国の社会的、一般的用法にしたがつて無自覚に述べる場合もある。しかし、ことが外国人の国籍の問題でありしかも南、北朝鮮の微妙な政治問題もあるので、右審理の過程においては、この点を明示的に追求することなく、口頭審理とりわけ供述調書作成の過程において、右のように「朝鮮」と述べたことの真意を探求し、これを明確にしているのである。しかして、容疑者の供述によつて、その者が自己の国籍が韓国であることを自覚していると認められる場合には、これを前提として審理を進め、その過程ですでに、送還される場合には送還先は韓国である旨を告げたうえ、諸手続を経て退去強制処分がなされるのである。したがつて、前記のような送還先の記載のある退去強制令書の発付によつて退去強制処分を受けた者についても、その者が退去強制処分を受けた後に何らかの理由で、同令書の記載について主観的に疑問をもつことがあることは別として、右処分時においては、主観的にも客観的にも送還先は韓国であることが特定され、完成した行政処分がなされているのである。

(二) 相手方らは、前記手続の過程において、それぞれの国籍を「朝鮮」と述べたことの真意が韓国を指示する趣旨であつたことを暗黙に承認し、審理に際して、同人らは、韓国に送還された場合身寄りがないから困る旨等の供述をし、本件処分の段階においては、主観的にも客観的にも、相手方らの送還先は韓国であることが特定されていたのである。

(三) 昭和四二年一一月一五日に、相手方らが大村入国者収容所長から告げられた内容は、本件処分後に、退去強制事例一般について採られる外交交渉としてのいわゆる送還交渉によつて、韓国側が相手方らの引取りを了承した趣旨のものであつて、退去強制処分における処分内容の確定ないし特定とは無縁のものである。すなわち、右告知は、抗告人の意思に係りのない韓国政府の意志の伝達に過ぎないのである。したがつて、これによつて相手方らに対する抗告人の各行政処分に、事実上は別として法律上の影響を与えるべきものではないのである。

以上のとおりであるから、原決定が昭和四二年一一月一五日の告知について、それが本件各処分に法律的な影響をもつと解して、本件執行停止の申立てを認容したことは、明らかな誤謬であるといわなければならない。

二、原決定が相手方らの本件執行停止申立てを認容した第二点は、本件各処分について、その違法性がないとはいえない場合に当らない、というのである。しかし、原決定のこの点に関する見解は当をえないものである。

(一) 相手方らは、同人らが政治犯罪人ないし政治難民であることを理由に、これを保護すべきであるとの確立された国際法規ないし憲法第九八条第二項に違反する旨を主張する。

しかし、右国際法が確立しているかどうかは別として、そもそも相手方らの主張自体において、すでに同人らが政治犯罪人でも政治難民でないこと明らかである。すなわち、相手方朴時文が政治犯罪人ないし政治難民であることの理由は、同人の姉の夫が在日朝鮮人総連合会に勤務する活動家であること、および同人が主観的に自己が朝鮮民主主義人民共和国人であると考え、その自覚のもとに行動していた、というにつきる。同人の主張によつても明らかなとおり、同人自身については何らの政治的活動もなく、同人が主張する各韓国法に該当して処罰されるおそれは考えられない。同人は、前記のとおりの事情があるため韓国法の解釈上処罰の対象となる旨主張するが全くの独断的見解であるといわざるをえない。また相手方李守性に関する同様の理由は、前記朝鮮総連の傘人である朝鮮大学校に在学中であるというにつきる。しかし年令二二才の一同大学生が当然に政治犯罪人ないし政治難民であるとの主張は、それ自体失当であつて、相手方朴時文について述べたと同様相手方李守性が主張する各韓国法によつて処罰されるおそれは考えられず、同人の右処罰に関する主張は全くの独断的見解であるといわざるをえない。

(二) 相手方らは、世界人権宣言等を引用して、国際法上の居住地選択の自由と帰国の自由を主張するが、主観的に自国籍が前記共和国である旨主張し、行動しただけでその国籍が確定するものではなく、また、適法な手続を経て不法入国者であることを理由に強制送還される場合には、出入国管理令第五三条所定の場合を除いて、送還先選択の自由はないというべきであり、世界人権宣言の趣旨も、この場合の自由をも認め、その選択を認めないことを違法とする趣旨でないことは多言を要しないところである。

(三) 相手方らは、さらに本件処分が出入国管理令第五三条に違反することを主張する。

しかし、相手方らの本籍地は、同人らの出生時より一貫していずれも韓国地域である慶尚南道であつて、その各国籍が大韓民国であることは明らかで、本件処分当時右国籍に変更がない以上、同令第五三条第一項違反の処分とされるいわれはない。

また、同令第五三条第二項にいう「前項」(国籍国)「に送還することができないとき」とは、例えば、帰国後政治犯罪人として処罰されるおそれが客観的に明白である場合を含むと解されるが、すでに述べたとおり、相手方らは政治犯罪人ないし政治難民に該当せず、したがつて、韓国法によつて政治犯として処罰されることが考えられない以上、同項に関する相手方らの主張も亦失当といわざるをえない。

(四) 相手方らが主張する、本件処分が正義と公平、人道と人権の尊重に反するとの点については、すでに述べたところから、その失当なることは明らかである。

以上のとおりであるから、原決定は取り消され、相手方らの本件執行停止の申立ては却下されるべきものである。

原審決定の主文および理由

主文

被申立人の申立人朴時文に対する昭和四二年八月二日付、申立人李守性に対する昭和四二年七月一四日付各退去強制令書の執行のうち、送還の部分は、いずれも当裁判所昭和四二年(行ウ)第二〇七号行政処分取消しの訴えの判決の確定に至るまで、これを停止する。

申立費用は、被申立人の負担とする。

理由

一、申立人らの本件申立ての趣旨及び理由は、別紙(一)(二)記載のとおりであり、被申立人の意見は、別紙(三)のとおりである。

二、疎明によれば、本件は、退去強制令書のうち送還の部分については、その執行により、それぞれ申立人らに生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある場合に該当するものと認めることができる。

三、被申立人は、本件の本案訴訟のうち各退去強制令書の発付処分の取消を求める部分は、出訴期間を徒過した不適法なものであつて、本案について理由がないことが明らかであると主張するが疎明によつて窺われる本件の経過に鑑みるときは、右取消訴訟の出訴期間の起算日は申立人らの主張するとおり昭和四二年一一月一五日であると解する余地がないわけではなく、現段階において直ちに右本案訴訟が不適法であるとすることはできず、その他本件が本案について理由がないとみえる場合に当ることを認めるに足りる疎明はない。

四、よつて申立人らの本件申立は、その理由があるので、これを容認することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(昭和四二年一一月三〇日東京地方裁判所決定)

別紙(一)

強制送還執行停止申請事件

申請の趣旨

一、被申立人の申立人朴時文に対する昭和四二年八月二日付、申立人李守性に対する昭和四二年七月一四日付各外国人退去強制令書にもとずく、韓国への強制送還の各執行は、本案判決の確定に至るまでこれを停止する。

との裁判を求める。

申請の理由

第一、被申立人の処分がなされるまでの経緯

一、申立人両名の経歴と退去強制令書発付

(1) 申立人朴時文は昭和一八年六月三〇日、父朴至三、母金次周の間の四人兄弟の末子として、群馬県桐生市浜松町一ノ八九二において出生した。終戦後、昭和二一年頃、母につれられて、原告の長姉朴元祚、その子である申立人李守性(申立人朴時文の甥にあたる)及び申立人朴時文らは、郷里である朝鮮慶尚南道密陽郡山外面に引揚げたが、群馬県桐生市で古物商を営んでいた父と二番目の姉朴光子は日本に残つた。申立人らは、朝鮮に帰つたものの戦後の混乱やひき続いて発生した朝鮮動乱のため生活は苦しく、しかも女、子供ばかりの家族であつたので収入は極めて乏しく日本にいた父からの時々の僅かな仕送りでかろうじて生活を維持し、申立人らは郷里の小学校に通うのがやつとであつた。母は苦労のすえ申立人時文が十二才の頃、腎臟病で死亡(長姉朴元祚は昭和二五年頃すでに死亡)したので、当時十五才の少女であつた姉朴松子をかしらに申立人朴時文、同李守性を扶養してくれる者がいなくなり、子供であるので生活力とてもなく、隣近所の人々の親切や援助にも限度があり、母の死亡後、残された申立人ら子供たちは、毎日の食事にもこと欠く悲惨な有様となつた。このような状況であつたので、周辺の人々のすすめもあり、申立人らは子供心にも、日本にいる父を頼つて日本に行つて暮す外ないと決意し、昭和三二年五月頃、申立人十三才の時、姉朴松子、甥の李守性の三人は、正規の旅券を所持しないで、日本に入国したのである。

(2) 申立人朴時文は、姉、甥と共にただちに父のいる群馬県桐生市に行つたが、頼りにしていた父は申立人らの入国の暫く前に死亡しておつた。やむなく、三人とも、申立人朴時文らの二番目の姉である朴光子・白泰玉夫妻の許に引取られ、右夫妻の愛情のもとに、群馬県多野郡新町二六三五番地において成育したのである。申立人朴時文は右姉夫妻の援助で、東京朝鮮中高級学校に通学して、昭和三六年三月右高級部を卒業、一年浪人して三八年四月、東海大学電気科に入学し、東京都板橋区赤塚町一四三九番地に住む申立人の姉朴松子・金鎮度夫妻の家に下宿して同大学に通学、勉強にはげんでいた。

(3) 昭和四一年末頃から申立人らの不法入国に対する違反調査が東京入国管理事務所入国警備官によつて開始され、申立人朴時文が昭和四二年六月十三日右管理事務所に出頭したところ、即日収容され、退去強制手続がすすめられた。こうして、四二年八月二日、同申立人は、出入国管理令第四九条の異議申立を棄却する旨の法務大臣の裁決処分をうけ、併せて同日、被申立人から、退去強制令書発付処分をうけ、その告知をうけた。同年八月七日申立人の身柄は、長崎県大村入国者収容所に移されて現在に至つている。

(4) 申立人李守性は昭和二〇年一一月二三日、群馬県桐生市浜松町において父李明相、母朴元祚の間の長男として出生した。祖母や母の妹弟とともに、二才の頃、朝鮮に帰り、申立人朴時文兄弟と、一緒に生活し、成長したものである。五才の頃、母に死なれてからは全く朴時文らと行動を共にしており、祖母の死後、前記の如く、申立人朴時文らとともに日本に渡つてきた。朴光子夫妻の扶養をうけて成育し、昭和三五年四月から東京十条にある朝鮮第一中級学校中学部に学び、三八年四月さらに同高級部に入学し、四一年四月から、朝鮮大学校数学物理科に入学し、今年二年在学中であつた。

(5) 申立人李守性に対する不法入国の調査も申立人朴時文と同時に、同様に進められていたが、昭和四二年五月一七日東京入管の出頭通知により出頭したところ、同日収容され、退去強制手続がすすめられて、同年七月十四日同申立人に対し、異議申立を棄却する旨の法務大臣の裁決処分をうけ併せて同日被申立人から退去強制令書の発布をうけその告知をうけた。同年七月一七日、同申立人の身柄は大村入国者収容所に移されて現在に至つている。

二、被申立人の、申立人両名に対する韓国送還の決定

退去強制令書の発付をうけた申立人両名は、帰国すべきところを、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と希望し、この旨の意思を、一〇月七日文書にして大村入国者収容所長を通じて、被申立人に表明しており、さらに、北朝鮮帰還の意思表示を法務大臣宛法務省入国管理局に提示しており、両名の北朝鮮送還の希望はきわめて明白であり堅固である。しかるに、十一月十五日、申立人両名に対し、韓国(南朝鮮)へ強制送還されるものとする指定処分の告知がなされたのである。

被申立人のなした右処分は、左記の理由により違法な行為であるから、取消さるべきである。

第二、確立された国際法規ないし憲法九八条二項違反

一、政治犯罪人ないし政治難民を本国に送還せずこれを保護することは確立した条約ないし国際慣習法である。政治犯罪人について引渡を行わないことは現在国際慣習法上も条約締結の実際においても、また学説上も一般に確認されているが、また政治犯罪人よりも広い概念であるいわゆる政治難民―即ち「政治的理由により本国において迫害をうける十分な根拠がありそのために外国に逃れ又は現在外国にいる者であつて、このような恐怖のために自国の保護を希望せず帰国しようとしない者」(「難民の地位に関する条約」第一項Aの(2))をその本国へ送還してはならず、自国民と同様に保護することも国際慣習法となつている。(一九四八年八月二〇日成立の国連の国際難民機関、一九四六年十二月二十五日国連総会で採択された国連難民救済高等外務官規約一九五一年七月成立した難民の地位に関する条約等参照)。そして日本国憲法九八条二項は「確立された国際法規はこれを誠実に遵守することを必要とする」と定めており、これは国際法の国内法的効力を定めたものである。(なお世界人権宣言第十四条は「何人も迫害からの保護を他国において求め且つ享有する権利を有する」と規定している)

而して申立人らは右の政治亡命者ないし政治難民である。即ち、申立人李守性は前述のとおり在日本朝鮮人総連合会(以下朝鮮総連と称する)さん下の朝鮮大学校在学生であり、申立人朴時文の姉朴松子の夫、金鎮度は、右朝鮮総連に勤務する活動家であり、申立人両名とも、自分の祖国を朝鮮民主主義人民共和国と考えてきている者である。そして、その在外公民として自覚的行動をとり、そのことを公然と表明してきた者である。

ところで現在の南朝鮮朴政権が強度の反共軍事フアツシヨ体制国家として北朝鮮を打倒すべき対象とし、「容共」思想の持主はおろか単なる「平和統一」を主張する者に対してすら激しい弾圧を行つていることは、平和統一を主張した「民族日報」社長が死刑に処せられた一事をもつて明白である。そして朝鮮総連は、いわゆる「北朝鮮系」として南朝鮮の朴政権から敵性団体とみなされているため、かかる敵性団体の大学に籍をおいたり、その幹部と姻せき関係に立ち公然と朝鮮民主主義人民共和国を支持行動してき、又北朝鮮への帰国を一貫して主張してきた申立人両名が韓国に送還された場合、その生命、身体、自由の安全は重大な危険にさらされることは火を見るよりも明らかである。

即ち、朝鮮総連は国家保安法第五条に定める反国家団体としてその組織の構成員になつただけで死刑をはじめとする重罰に処せられ、更に、反共法は「共産系列の路線に従い活動する団体」への加入や、こうした「反国家団体やその構成員又は国外の共産系列の活動を讃揚、鼓舞、又はこれに同調するとかその他の方法で反国家団体(国外共産系列を含める)に利する行為をした者は七年以下の懲役に処する」(反共法第四条)とされており又、反国家団体の支配下にある地域に脱出したりその予備陰謀をした場合も処罰されるべきものとされ、更に、特殊犯罪処罰法第六条によると「政党、社会団体の重要な職位にいた者で国家保安法第一条に規定された反国家団体の情を知りながらその団体或いはその活動に同調、その他の方法でこれを助けた者は死刑、無期又は十年以上の懲役に処する」とされているのである。又、同時に申立人等が密出国罪として密航団束法により処罰されることはおろか、反共法を適用して北朝鮮への脱出として処罰される可能性もあるのである。要するに申立人等が送還されるときは、その生命、身体、自由にどのような危害が加えられるかはかり難いものがあるのである。従つて、申立人等は、政治犯罪人が少くとも政治難民としてこれを保護すること、生命、身体、自由の危険のあるところには少くとも送還しないことは、日本国憲法の要請するところと云わなければならない。

二、居住地選択の自由は人類普遍の権利である。

世界人権宣言は「何人も自国を含むいずれの国をも去り及び自由に帰る権利を有する」(第一三条第二項)とうたい、「居住地選択の自由」と「帰国の自由」を明確に規定している。

また、日本は、日本との平和条約(サンフランシスコ平和条約)の前文に、「日本国は、……あらゆる場合に、国際連合憲章の原則を遵守し、世界人権宣言の目的を実現するために努力……」する意思を宣言して、基本的人権を尊重すべきことを定めている。

又、昭和三四年八月十三日締結された「日本赤十字社と朝鮮民主主義人民共和国赤十字会との間における在日朝鮮人の帰国に関する協定」も、その前文で「居住地選択の自由及び赤十字の諸原則に基づき在日朝鮮人がその自由に表明した意思によつて帰国することを実現させる」ことをうたつており、既に協定成立後今日までに八万数千名の在日朝鮮人が両国政府、赤十字の保護の下で朝鮮民主主義人民共和国に帰国している。これもどちらに帰国するかは本人の自由意思で決定するが正しい、この前提で行われているわけであり、このことは不法入国者が退去強制の形で出国する場合についても云えることは出入国管理令第五二条第四項で「退去強制令書の発布を受けた者が、自らの負担により自ら本邦を退去しようとするときは、主任審査官は、その者の申請に基づき、これを許可することができる」と定めていることから明らかであるし、現に、従来も退去強制を受ける者が北朝鮮への帰国を希望する者については仮放免して帰国船で返すとか或は又、新潟まで護送しそこで釈放と同時に帰国船に乗船する、という形で多数の者が自己の自由に表明した意思により帰国先きを決定してきたのである。

而して、申立人等が、終始一貫北朝鮮への帰国を主張し続けてきていることは明らかである以上、韓国へその意思に反して送還することは許されないものである。

第三、出入国管理令第五三条違反による違法

一、同条第一項違反

同条第一項は、「退去強制を受ける者は、その者の国籍又は市民権の属する国に送還されるものとする」と定める。

申立人等は、いずれも朝鮮籍の外国人であつて、朝鮮民主主義人民共和国の公民であることを、意思表示している。一方、同国の国籍法によると、第一条は「朝鮮民主主義人民共和公民は次のとおりである。一、朝鮮民主主義人民共和国創建以前に朝鮮の国籍を所有していた朝鮮人とその子女で本法公布の日までにその国籍を放棄しなかつたもの」(申立人等はこれに該当)と定め、第二条は「朝鮮民主主義人民共和国公民は、その居住地に関係なく、朝鮮民主主義人民共和国の政治的、法的保護をうけると定めてその法的保護下にあることを明らかにし、なお又、第三条で「外国に居住する朝鮮民主主義人民共和国公民は、自己の祖国と自由に往来し得る」と定めて出入国の自由を保障しているのである。

このように、朝鮮民主主義人民共和国の法律と、本人自身の意思とが合致している以上、世界人権宣言第一五条が「何人も、国籍を有する権利を有する。何人もほしいままにその国籍を奪われ、又はその国籍を変更する権利を否認されることはない」と宣言し国際法上天賦不可侵の基本的人権として確立している国籍選択の自由の大原則に照らすなら、申立人等を朝鮮民主主義人民共和国の在外公民として認めざるを得ないことは明らかである。

そうすると、出入国管理令第五三条第一項で定めている「その者の国籍又は市民権の属する国」とは申立人等について云えば朝鮮民主主義人民共和国を指すものと考えざるを得ない。

被申立人が発布した退去強制令書の送還先きの記載部分は、当初、唯単に「朝鮮」という包括的な記載をされていたので、実は、朝鮮が南北二つに分断されている現実と、送還先きは本人の自由意思によるとの二つの配慮から退令発布段階では単に「朝鮮」という包括的な記載だけにとどめ、いざ執行段階が間近かに迫つてから送還先きを確定的に選択指示決定してきた実務慣行に基づくものと思われる。従つて、本人が朝鮮民主主義人民共和国への送還乃至帰国を希望する以上、その意思を無視して韓国への送還を決定した指定決定処分は管理令第五三条第一項の該規定に違反して無効乃至取消さるべきものである。

二、出入国管理令第五三条第二項違反

同条第二項は、「前項の国に送還することができないときは、本人の希望により、左に掲げる国のいずれかに送還されるものとする」として一号から六号までを定めている。

これは、「国家は外国人に対して、領土主権を有するが、対人主権を有しない」との国際法上の原則に基づき、日本政府が外国人に退却を命ずる場合においても、その送還先を強制指定することは許されないとするものである。

本件の如く、韓国に送還されるときは、その生命、身体、自由が重大な危険にさらされることが明らかな事案においては、仮りに第一項の「その者の国籍又は市民権の属する国」が韓国と解釈された場合においても、右第二項にいわゆる「前項の国に送還することができないときは」に該当するものというべく、従つて、「本人の希望により」その送還先が決定されるべきである。そして、右第二項第六号が一号ないし五号以外の「その他の国」と包括的に定めている以上、申立人等の望む朝鮮民主主義人民共和国に送還することが本条第二項の要請するところである。

第四、正義と公平、人道と人権に反すること

人権に関する世界宣言第三条は「何人も生存、自由及び身体の安全を享有する権利を有する」と定めている。いかなる場所、いかなる時においても人間の「生存、自由及び身体の安全」は絶対不可侵の天賦自然の権利である。

日本国憲法第十三条も「生命、自由及び幸福追及に対する国民の権利については立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする」と定め、この権利はひとしく外国人にも保障されている。申立人等が韓国へ強制送還されたときは、その「自由及び身体の安全」はもとより、その「生存」すら抹殺されかねないのであり、これは何人も黙過し得ない重大な人権侵犯問題である。

本件処分は、正義と公平、人道と人権に真向から違反する違法な行為として無効ないし取消さるべきである。

第五、因つて、申立人両名は、被申立人を被告として昭和四二年十一月三〇日、御庁に対し、本件強制送還先を韓国と決定した処分の取消請求訴訟を提起したが、右訴訟の判決を待つていたのでは、直ちに送還されて、本案訴訟で勝訴しても権利の実現は不可能となるばかりか、訴訟の遂行すら不可能な状態になり、申立人らの生命、身体に対し回復し難い重大な損害を蒙ることは明白である。

本件韓国への送還船は、十二月一日に入航し、即日出航するという。片時の猶予もならない緊急の必要があるといわねばならない。よつて申請の趣旨記載のとおりの執行停止を求めるため本申請に及んだ次第である。

別紙(二)

一、取消を求める行政処分について

東京入国管理事務所主任審査官が発布した本件退去強制令書の送還先は、令書上は単に「朝鮮」という抱括的な記載があるのみで、当初の段階においては、令書の送還先は未確定、不完全なものである。

なんとなれば、送還先が現実に確定するのは執行間近において主任審査官がなす「韓国」又は「朝鮮民主主義人民共和国」の送還先の選択指示決定及びその告知によるものであり、これは退去強制令書の未確定な「送還先」を決定し確定する行政処分が、その処分によつて退令は補完されて現実に送還先が確定し、退令として確定的な効力を生ずるものである。

従来の行政実務の慣行によつても「朝鮮」という送還先の記載で、大村収容所等から、帰還船、貨物船等の方法で朝鮮民主主義人民共和国に送還又は帰還する例が多数のぼつており、これらの例は、送還先を現実に選択決定する処分が退令発布よりずつと時期的に遅れて行われていることを示している。

本件においては、昭和四二年十一月十五日付の強制送還先を「韓国」とする決定及び同日付の告知による処分によつて、退令は初めてその効力を生じ確定する(内容が)のである。

別紙(三)

意見書

意見の趣旨

申立人らの各申立ては、これを却下する。

申立費用は、これを申立人らの負担とする。

との判決をなすべきものと思料する。

理由

第一、事実関係

一、申立人朴時文は昭和一八年六月三〇日、群馬県桐生市浜松町において、本籍地が朝鮮である両親の間に出生し、昭和二〇年末終戦により帰国し、本籍地である朝鮮慶尚南道密陽郡外山外面に居住、昭和三二年五月三日本邦に不法に入国し、以来引き続き日本国に在住する者である。

二、ところで、東京入国管理事務所警備官は、昭和三八年一〇月一八日、申立人朴は出入国管理令二四条一号に該当するとの容疑で違反調査を開始し、昭和四二年六月一五日から右事務所入国審査官による審査手続が開始され、同月二〇日右審査官は、申立人朴は右条項に該当することを認定した。申立人朴は、さらに同事務所特別審理官に対して口頭審理を請求したが、同審理官が同年七月四日右認定に誤りがない旨の判定をしたので、これに対して異議申立てを行つた。

右異議申立ての不服申立書に記載されている要旨は、(イ)、母の死亡によつて子供たちだけが取り残され、従つて親族のいる日本に、不法入国して来た経緯から身寄りのいない本国に帰りたくない。(ロ)、現在東海大学に籍があり、引き続き勉学したい。(ハ)、身体が不健康である、というものであつた。

これに対して、法務大臣は昭和四二年八月二日右の異議申立ては理由がない旨の裁決をなし、同日被申立人がその旨を申立人朴に通知するとともに退去強制令書を発布してこれを申立人朴に示して執行した。なお、申立人は現在大村収容所に収容されているものである。

三、申立人李守性は、昭和二〇年一一月二三日、群馬県桐生市浜松町において、本籍地が朝鮮である両親の間に出生し、昭和二一年頃、父母に伴われて帰国し、本籍地である朝鮮慶尚南道密陽郡三浪津面に居住、昭和三二年五月三日右申立人朴とともに本邦に入国し、以来引き続き本邦に在住するものである。

四、ところで、東京入国管理事務所警備官は、昭和三八年一〇月一八日申立人李は出入国管理令二四条一号に該当するとの容疑で違反調査を開始し、昭和四二年五月一九日から右事務所入国審査官における審査手続が開始され、六月五日右審査官は申立人李は右条項に該当することを認定した。申立人李は、さらに同事務所特別審理官に対して口頭審理を請求したが、同審理官が同月一三日右認定に誤りがない旨の判定をしたので、これに対して異議申立てを行つた。

右異議申立ての不服申立書に記載されている要旨は、(イ)本国に帰つても頼りになる身内がいない。(ロ)現在朝鮮大学二年在学中である。(ハ)今まで育ててくれた叔父(日本在留)に恩返えしするため日本に在留したい、というものであつた。

これに対して、法務大臣は昭和四二年七月一二日右の異議申立ては理由がない旨の裁決をなし、同月一四日被申立人がその旨を申立人李に通知するとともに退去強制令書を発付してこれを申立人李に示して執行した。なお、申立人は現在大村収容所に収容されているものである。

五、なお、申立人らは右不服申立ておよび法務大臣に対する異議申立て等の手続の過程において、申立人らの国籍は、いずれも朝鮮民主主義人民共和国である旨を述べたことはない。

第二、本件各申立ては、本案について、いずれも理由がないことが明らかであるから却下さるべきである。

一、申立人らは、本件各執行停止申立ての本案として、昭和四二年一一月一五日付の強制送還先を韓国と決定した行政処分の取消しを求めているが、同日、申立人らがその送還先が韓国であることを了解したのは、退去強制処分後、わが国が韓国政府と被処分者の引取りかたを折衝し、その結果を韓国領事が申立人らに大村収容所長を通じて告げたことによるのであつて、右告知によつて送還先が韓国と決定されたものではない。したがつて、申立人らが取消しを求めている告知は取消訴訟の対象となる行政処分ではない。

二、右のとおりであるから申立人らの本案訴訟は、不適法であり、本件各執行停止の申立ても却下さるべきであるが、かりに、本案訴訟を申立人らに対する退去強制処分の取消しを求める訴えに変更したとしても、この本案訴訟は出訴期間を徒過した不適法なものであるから、却下さるべきである。

申立人朴時文に対する本件退去強制処分は、昭和四二年八月二日付で、また申立人李守性に対する本件退去強制処分は、同年七月一四日付でそれぞれなされ、各右処分日に各申立人にその旨告知されたものであるから、本件執行停止の申立ておよびその本案訴訟は、右各処分があつたことを知つた日からそれぞれ三ケ月を経過した後である同年一一月三〇日になされたものであるから、明らかに出訴期間を徒過した不適法なものといわざるをえず、この徒過については抗弁が許されないものであるから、いずれにしても本件申立ては却下さるべきものといわなければならない。

三、また、申立人らの本件各処分の違法性に関する本案訴訟における主張は、次のとおりの理由により失当であるから、本案について理由がないこと明らかである。

(一)、申立人らは、申立人らが政治犯罪人ないし政治難民であることを理由に、これを保護すべきであるとの確立された国際法規ないし憲法第九八条第二項に違反する旨を主張する。

しかし、右国際法が確立しているかどうかは別として、そもそも申立人らの主張自体において、すでに申立人らが政治犯罪人でも政治難民でもないこと明らかである。すなわち、申立人朴時文が政治犯罪人ないし政治難民であることの理由は、同申立人の姉の夫が在日朝鮮人総連合会に勤務する活動家であること、および同申立人が主観的に自己が朝鮮民主主義人民共和国人であると考え、その自覚のもとに行動していた、というにつきる。同申立人の主張によつても明らかなとおり、同申立人自身については何らの政治的活動もなく、同申立人が主張する各韓国法に該当して処罰されるおそれは考えられない。同申立人は、前記のとおりの事情があるため韓国法の解釈上処罰の対象となる旨主張されるが全くの独断的見解であるといわざるをえない。また申立人李守性に関する同様の理由は、前記朝鮮総連の傘下である朝鮮大学校に在学中であるというにつきる。しかし、年令二二才の一同大学生が当然に政治犯罪人ないし政治難民であるとの主張は、それ自体失当であつて、申立人朴時文について述べたと同様、申立人李守性が主張する各韓国法によつて処罰されるおそれは考えられず、同申立人の右処罰に関する主張は全くの独断的見解であるといわざるをえない。

(二)、申立人らは、世界人権宣言等を引用して、国際法上の居住地選択の自由と帰国の自由を主張するが、主観的に自国籍が前記共和国である旨主張し、行動しただけで、その国籍が確定するものではなく、また、適法な手続を経て不法入国者であることを理由に強制送還される場合には、出入国管理令第五三条所定の場合を除いて、送還先選択の自由はないというべきであり、世界人権宣言の趣旨も、この場合の自由をも認め、その選択を認めないことを違法とする趣旨でないことは多言を要しないところである。

(三)、申立人らは、さらに本件処分が出入国管理令第五三条に違反することを主張する。

しかし、申立人らの本籍地は申立人らの出生時より一貫していずれも韓国地域である慶尚南道であつて、その各国籍が大韓民国であることは明らかで、本件処分当時右国籍に変更がない以上、同令第五三条第一項違反の処分とされるいわれはない。

また、同令第五三条第二項にいう「前項」(国籍国)「に送還することができないとき」とは、例えば、帰国後政治犯罪人として処罰されるおそれが客観的に明白である場合を含むと解されるが、すでに述べたとおり、申立人らは政治犯罪人ないし政治難民に該当せず、したがつて、韓国法によつて政治犯として処罰されることが考えられない以上、同項に関する申立人らの主張も亦失当といわざるをえない。

(四)、申立人らが主張する、本件処分が正義と公平、人道と人権の尊重に反するとの点については、すでに述べてきたところから、その失当なることは明らかである。

第三、かりに申立人らの本件申立てに理由があるとしても、本案訴訟における請求が送還先の決定の取消しにとどまる限り、本件裁判によつて停止されるべきものは送還行為のみであるべきだから、その旨明示された決定がなされるべきである。

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